神社仏閣

織田家菩提寺の大須万松寺にお参り 尾張の虎 信秀・信長に思いを馳せる

更新日:


大須といえば、名古屋市中区にある名古屋を代表する繁華街です。

東西南北にいくつもの通りが重なるアーケード街で、大須商店街としては約400店舗、地区全体では約1200店舗が軒を連ね、老若男女が集う活気ある街になっています。

東京でいうとアメ横・アキバ的なところかな?観光客も多く外国人比率も高い街です。

今回はそんな大須商店街のメインストリート万松寺通りにある萬松寺のご案内です。

都会の真ん中にある寺社ならではの進化を遂げていて、従来のお寺さんとはちょっと異なる近代的な建物が特徴です。

商店街の中にあるので知らずに通り過ぎる人もいたり、前まで来てお寺さんの形をしていないのでビックリしたり。

2020年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」でフィーチャーされている信秀公にも注目が集まっていますので、気になっている人も多いのではないでしょうか?

この記事では尾張織田家、徳川家とのと関わり深く、歴史好きにとってはマストスポットである萬松寺の歴史を紐解き、人気の御朱印なども紹介します。

例によってアクセス、駐車場情報、参拝案内、混雑状況など撮って来た写真でシェアします。皆さまの旅に少しでもお役に立てれば幸いです。

 

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万松寺(ばんしょうじ)とは?

創建は天文9年(1540)、尾張一円を領していた古渡城主「織田信秀」(信長の父)が叔父の大雲永瑞大和尚を迎え織田家菩提寺として那古野城(現名古屋城の二の丸)の南側に建立しました。

正式の山号は亀獄林、寺号は萬松寺です。

三河岡崎城で生まれた竹千代(徳川家康)が6歳から9歳まで三河・駿河に対抗するための人質として過ごした寺とされています。

天文21年(1552)3月3日信秀公が享年42歳で病死、万松寺で三百人を超える僧侶らが読経するなか、土田御前・帰蝶ら親族700名が参列し葬儀が盛大に執り行われた際、18歳だった喪主の信長が位牌に抹香を投げつけたお寺でもあります。

当時の境内は現在の名古屋市中区丸の内・錦にわたる5万5千坪をようしていましたが、慶長15年(1610)皮肉にも徳川家康の名古屋城築城に伴い、現在の大須三丁目に移転しました。

移転後の2万2千坪の寺域は尾張徳川家により篤く信仰され、尾張初代藩主「徳川義直」(家康の九男)の正室「高原院・春姫」の廟が置かれていました。

大正元年(1912)には三十七世大円覚典和尚が寺域の大部分を開放し、大須の商業発展の元を築く事になります。

昭和20年(1945)の名古屋大空襲で大須一円が焦土化し萬松寺も全て消失しましたが、1994年に本堂が再建され現在に至っています。

 

毎年3月3日の信秀公の命日には法要が執り行われ、一般の人も参列・御焼香出来るのです。

 

今年の法要では大河で信秀公役の高橋克典さんからお供えの花一対が届けられていました。

父信秀の葬儀の際は、帰蝶は信長に輿入れをしているので当然正室として葬儀に参列しているのでしょう。

そう思うとなんだか歴史ロマンに思いが馳せますね。

 

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万松寺のアクセスと所要時間

名古屋城より車

所要時間:距離=約12分:3.5km

名古屋市中心部にあるので非常に近いですね。駐車場からの移動時間を考えても20分あれば来れます。

 

 名古屋城より地下鉄

地下鉄名城線・市役所駅(左回りか名古屋港行)⇒(4駅・約7分)⇒ 上前津駅 ⇒ 徒歩6分(350m)

乗換なし名城線一本で行けるので便利です。

所要時間:運賃=約15分:210円

 

名古屋駅より地下鉄


地下鉄東山線・名古屋駅(藤が丘行)⇒(2駅・5分)⇒ 栄駅(乗り換え) ⇒ 名城線・栄駅(左回りか名古屋港行)⇒(2駅・5分)⇒ 上前津駅 ⇒ 徒歩6分(350m)

一回乗り換えがありますが近いですね、市バスよりも地下鉄推奨です。(特に夏場)

所要時間:運賃=約20分:240円

※地下鉄名城線は一周約50分の環状線です。左回り・右回りがあるので注意しましょう。

 

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万松寺の駐車場情報と混雑状況

万松寺駐車場

マップコード
 4 259 601*31

住所
〒460-0011
名古屋市中区大須3-30-40

電話
052-242-6866

駐車料金

昼間 8:00-18:00 夜間 18:00-8:00
平日 200円/30分
最大800円
50円/30分
最大500円
土日祝
当駐車場が定めた休日
200円/30分
最大1,200円

大須商店街直結なので大須散策にもご利用できます。

駐車台数
800台

営業時間
24時間・年中無休

車両制限
自走式立体駐車場 万松寺ビル3F〜8F

高さ/2.10m・幅/1.80m・長さ/5.00m

その他
万松寺駐車場HP:https://parking.banshoji.jp/general/

駐車場出入り口は東側道路(大津通)からのみとなります。

※情報(駐車時間・料金)が変更されている場合もありますので、ご利用の際は必ず現地の表記をご確認ください。

 

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万松寺の参拝情報と御朱印情報

参拝情報

マップコード
 4 258 657*84

鎮座地
〒460-0011
愛知県名古屋市中区大須3-29-2-12

電話
052-262-0735

御本尊
十一面観世音菩薩

参拝所要時間
約30分

授与所
祈祷受処の受付時間は通常9時~20時となっていますが、コロナウイルス感染症の拡大を受け2月29日(土)より当面の間、祈祷受処の受付時間を9時~18時

に変更になっています。

御朱印授与時間もそれに準じて早くなっています。

混雑状況
土日祝は御朱印の待ち時間が発生します。

混雑時は御朱印帳を預けて番号札をもらい大須商店街の散策に出かけましょう。

境内MAP

出典元:万松寺HP

※基本的には御朱印あるとことはお参りできるので、本堂・不動堂・稲荷堂・信秀公墓碑・重軽地蔵・御深井観音・仏足石の7ヶ所になります。

※不動堂・稲荷堂は神社なので柏手を打ちます。(拝殿前にお参りの作法が書かれていますので参考に)

 

御朱印

十一面観世音菩薩

 

十一面観世音菩薩(じゅういちめんかんぜおんぼさつ)は万松寺の御本尊様ですので、いくつも拝受するのはちょっとという人はこの十一面観音を拝受すればいいでしょう。

創建時大雲永瑞大和尚が織田家の繁栄を祈り御本尊とされました。

御利益:心願成就・開運成就・身体健全・家内安全・良縁成就・学業増進

 

身代不動明王

 

 

万松寺の正面には液晶パネルや照明で大須ならではの近代的な寺社です。

 

身代不動明王(みがわりふどうみょうおう)は、信長が鉄砲で狙われた時、懐にあった万松寺の和尚様にもらった干餅に当たって助かったという逸話から来ています。

後にその話を聞いた加藤清正によって「身代不動明王」と名付けられました。

お参りの際は襖絵と色鮮やかな格天井は必見。

御利益:開運成就・身体健全・無病息災・病気平癒・厄難解除・交通安全

 

白雪吒枳尼真天

 

 

白雪稲荷(はくせついなり)は白雪吒枳尼真天(はくせつだきにてんしん)をお祀りしています。

魔鏡がご神体で、万松寺の地に千年も前から住んでいた白狐。

万松寺が衰退したとき、このお稲荷様が御小女郎に化身し金を工面して寺の窮地を救ったと言われています。

御利益:金運招福・商売繁盛・事業繁栄・五穀豊穣

 

御深井観音

 

御深井観音(おふけかんのん)は尾張徳川初代藩主「徳川義直」の正室「春姫」の守護仏。

義直が整備した名古屋城の御深井の庭にあった観音様で、春姫が信仰し不安や苦しみから開放されたと言われています。

後に春姫の菩提所である万松寺に移され、女性の守護と良縁へ導いて下さいます。

御利益:恋愛成就・良縁成就・安産成就

 

重軽地蔵

 

重軽地蔵(おもかるじぞう)

お地蔵様は六道能化(ろくどうのうけ)と言われ全ての迷える衆生をお救い下さる仏様です。

各地にある重軽地蔵ですので、おおよそのやり方はご存知かと思います。

ここ万松寺では少し変わっていますのでやり方をレクチャーしましょう。

  1. 願掛けの前にお地蔵様を持ち上げる
  2. 願いを込めて合掌する
  3. もう一度持ち上げて願掛け前よりも軽く感じれば願いが叶う

 

菩提所

 

尾張藩初代藩主「徳川義直」の正室「春姫」の父は紀州藩初代藩主「浅野幸長」、母は正室の「池田恒興」の娘という今でいうと超セレブです。

春姫が尾張徳川家に輿入れした際には壮大な花嫁行列行われ、現在の名古屋の豪華な結婚式のルーツとされています。

名古屋城の本丸御殿再建を目指すため「春姫道中」として総勢800名の隊列で嫁入りを再現した名古屋城までのパレードが行われていましたが、本丸御殿が完成した平成30年(2018)を最後に終了しました。

 

織田家と徳川家の家紋である木瓜紋と三つ葉葵紋が押された豪華な御朱印。

信秀と春姫は生きた時代が異なるので直接は関係ありませんが、万松寺はそれぞれの菩提所とされ長きに渡り時代の覇者に信仰されてきました。

※現在の信秀の墓は名古屋市千種区の平和公園内万松寺墓地に移転改葬。(万松寺には供養塔が残る)

※現在春姫の廟は名古屋城の近くの名古屋市中区丸の内にある名古屋東照宮に移されています。

 

仏足石

 

仏足石(ぶっそくせき)と言いお釈迦様の永久を願い足型を石に刻んだものです。

加藤清正が名古屋城築城の際に天守閣の石垣として集めた中から発見し、万松寺に奉納したとされています。

「仏足石上ニ立タセ給ヒ加藤清正之ヲ奉納ス」

身代不動明王の命名といい加藤清正も万松寺と縁が深いですね。

 

信秀忌限定御朱印

 

 

信秀公の命日に合わせて授与期間3月1日~3日と短いですが、拝受しておきたい御朱印ではあります。

また、1日・2日は書き置きのみとなり直書きは3日のみの拝受となります。

はなはなは地元の利を生かして直書きを拝受とご焼香してきました。

 

縁日限定金墨御朱印

万松寺でお祀りしている仏様の縁日に際して、その仏様の金墨御朱印を毎月縁日限定で授与しています。(各500円)

  • 十一面観音 :18日
  • 御深井観音 :18日
  • 白雪稲荷  :22日
  • 重軽地蔵  :24日
  • 身代不動明王:28日

縁日以外は通常の墨御朱印になります。(各300円)

上記5体+菩提所の計6体が300円で拝受できる通常御朱印になります。

見開き大判限定御朱印(各1,000円)

 

御朱印帳

万松寺オリリジナル御朱印帳は4種類と花柄の銘(万松寺)なしが数種類あります。

見開き用の横長御朱印帳もあります。

  1. ベーシック(和紙)
  2. 織田信秀(表紙裏:尾張の虎)
  3. 白龍(表紙裏:白龍)
  4. 白雪稲荷(表紙裏:はくび)

各2,000円 縦18cm×横12cm(大判サイズ)

 

 

織田信秀仕様の御朱印帳1ページ目に書かれている「尾張の虎」

万松寺ならではのにくい演出です。

 

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万松寺の歩き方

本堂

戦後の復興で本堂の再建が始まったのは平成4年からになります。

境内の敷地を商店・住宅地として開放した民衆とともにある万松寺和尚の意思に立脚し、新しい時代の寺院の形として地下一階、地上五階建て鉄骨鉄筋コンクリート造りの本堂が建立されました。

地下一階と三~五階は最先端の納骨堂か設置、屋上には鐘楼が置かれ大須の街に響き渡ります。

3階部分の黒い扉には、信長のからくり人形が隠されており、信長の抹香事件を再現しています。

上演時間:10時/12時/14時/16時/18時

 

本堂には、ご本尊『十一面観世音菩薩』が祀られています。

11の顔で全方位を見守り、衆生六道に生きる全てのものを救う観音様であり、初代和尚が織田家繁栄を願いご本尊としました。

 

不動堂

アーケード街沿いの万松寺真ん中にあるので、御本尊と間違えている人も多いと思われます。

 

身代不動明王は鉄砲の弾を止めた干餅の事です。

信長の命を救ったその干餅は日頃信仰していた万松寺の和尚から貰い受けたもので、信長が亡くなった後、万松寺を宿舎としていた加藤清正がこの話を聞き、万松寺の不動明王を「身代不動明王」、干し餅を「身代わり餅」と命名しました。

 

万松寺では、毎月28日(不動明王の縁日)の18時から無料で身代り餅をお配りしています。

また、万松寺名物「信長 身代わり餅」を札処にて常時販売しています。

 

稲荷堂

お稲荷さんなので赤い鳥居が並んでいます。

そしてお参りには柏手を打ちます。ここはお寺でしょと思われるかも知れませんが、お稲荷さんがお祀りされてるからいいのです。

拝殿前にお参りの仕方がかいてあるので、心配な人はよく見てお参りしましょう。

 

お参りの際は鈴を鳴らすのを忘れないように。

ちなみに隣の身代不動明王でも柏手を打ちますので覚えておきましょう。

 

信秀公墓碑

信秀公は万松寺で盛大な葬儀が行われた後、同寺境内に埋葬されました。

現在の墓碑は平成30年に建て替えられた新しいものになります。

 

白龍

目が光り白龍の口からプシューっと水が吹き出します。

間違いなくここお寺さんですからね。

 

上演時間:11時/13時/15時/17時/19時/20時

周りに響き渡る音と映像で、通りすがりの人もびっくりして足を止めます。

 

札所

アーケイド沿いにある札所ではお札・お守り・おみくじが販売。

 

こちらは本堂購入できる各種お守。

 

寺院ではありますが、神社併設なので絵馬も販売されており絵馬掛け所も置かれています。

上に干支の梵字が書かれているのでお寺さんらしさも出ていますね。

 

白雪稲荷の鳥居前に小さな手水鉢が置かれていますが、おなじみの龍の口ではなく象の鼻から水が出ています。

これは万松寺では毎年12月にスジャータ祭りなるものが開催されていることが関係しています。

スジャータとは何ぞや?と思わる人もいるかも知れませんが、コーヒーに入れる白い乳製品ではありません。

スジャータ(サンスクリット語)とは、釈迦が悟る直前に乳がゆを供養し命を救ったという娘さん(乳粥供養)。釈迦がスジャータから乳がゆの供養を得て悟りを得たとされる。

ブッダガヤに「スジャータ村」としてその名を残しています。

 

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まとめ

万松寺のご案内はいかがでしたでしょうか?

大須という土地柄、サブカル、ミックスカルチャー的な文化の発信地の寺院という感じで、お寺さんが時代に即した進化を遂げた形であると思います。

興味を持たれた人は一度足を運んでみてはいかがでしょうか? 現地に行って気になった事をまとめてみました。

  • 万松寺の始まりは織田家の菩提寺
  • 当時は那古野城の南にあった
  • 人質の竹千代が6~9歳の幼少期を過ごした寺院
  • 父信秀の葬儀の際、織田信長の抹香事件の舞台
  • 徳川義直正室「春姫」の菩提所
  • 万松寺はお寺と神社併設でお参りも柏手を打つところもある

 

 

最後までお付き合いいただきありがとうございました。この記事が気に入っていただけましたら、はなはなの励みになりますので、ポチッとシェアしていただけると幸いです。

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