神社仏閣

石上神宮の御祭神をもしのぐ御神宝 国宝・七支刀の御朱印を授かるべし

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奈良県に日本最古の拝殿で国宝指定を受けている神社がある。

石上神宮(いそのかみじんぐう)といい日本書紀にも名を残すその神社は、神武天皇よりも先に大和国を治めていた豪族「物部氏」の氏神様であったそうです。

なんだか凄そうな石上神宮でありますが、そのすべてを現地取材の上紐解いてみたいと思います。

アクセス、駐車場情報、観光案内、混雑状況など撮って来た写真でシェアします。少しでも皆さまの旅のお役に立てれば幸いです。

 

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石上神宮について

奈良県天理市、大和盆地の中央東部の布留山(ふるやま)の麓に鎮座。境内は深い山から続く樹々が生い茂り、木漏れ日が境内に降り注ぐさまは正に幻想的。

神使であるニワトリが境内に放し飼いされ、のどかな空間とゆったりした時の流れを感じられます。

また、日本最古の神社の一つとされその理由は「日本書紀」に記された神宮は伊勢の神宮と石上神宮だけであるからなのです。

現存する拝殿は日本最古とされ国宝指定となっていますが、ご祈祷を申し込めば昇殿できます。

 

御由緒を紐解くと、布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)は「日本書紀」の出雲の国譲りの葦原中国平定の際に使われた剣で、

神武天皇を救うために建御雷神(たけみかづちのかみ)が剣を降された話があり、「この刀は石上神宮に坐す」と名前が出てきます。

御祭神の布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)は御神体の布都御魂剣に宿る神霊であり、第10代崇神天皇の7年に物部氏の祖が現在お祀りしている石上布留高庭にお遷し「石上大神」としてお祀りしたのが始まり。

「古事記」にも「この刀は石上神宮に御鎮座になっている」と記されており、とんでもない歴史を持つ神社でありました。

 

国宝・七支刀(しちしとう)について

石上神宮といえば忘れてはならないのが、国宝・七支刀の存在である。

全長74.8cmの刀剣は独特の形状をしており、画像をみれば誰しも教科書で見たあれかと思うはずであろう。

左右に三本の枝葉があり武器として使用されたものではなく祭典の為に作られた思われている。(ゲーム等のレアアイテムとして形状など度々登場する)

刀剣には表裏合わせて61文字が金象嵌(彫った文字の上に金加工)で刻まれており、その銘文の解析により中国・東晋の太和4年(369年)に百済王が倭王(日本)のために造り、後世に伝えられるようにと贈ったと考えられています。

これにより、七支刀は「日本書紀」に記されている百済から献上された「七枝刀(ななつさやのたち)」にあたると思われていた事が証明されたわけである。

付け加えると、この銘文は、我が国古代史上の絶対年代を明確にする最古の史料なのです。

 

七支刀の公開は未定

前回の奈良での一般公開は2014年10月25日から11月24日の期間限定であり、次回いつ行われるかわかりません。

石上神宮での一般公開も数年前に6年ぶりに行われたのみ。それも事前予約の3,000人のみという秘蔵。

数年に一度、国立博物館レベルで一般公開されるようなので、機会があれば百聞は一見にしかず歴史ファン・刀剣ファンのみならず刀剣のパワーを授かりに行くべし。

 

石上神宮のアクセスと所要時間

中部・関東方面

東名高速道路・伊勢湾岸自動車道もしくは東名阪自動車道・新名神高速道路経由

東名阪自動車道 [四日市J.C.T]  ⇒ 名阪国道(国道25号線)⇒ 西名阪自動車道[天理東I.C]  ⇒ 県道51号

104km 1時間22分

 

京都・滋賀・北陸方面

名神高速道路・京滋バイパス経由

名神高速道路[米原J.C.T]  ⇒  京滋バイパス[巨椋I.C]  ⇒  大久保バイパス ⇒   城陽I.C  ⇒ 京奈和自動車道[木津I.C] ⇒ 国道24.25号線

125km  2時間4分

 

兵庫・大阪方面

山陽自動車道・中国自動車道経由

[神戸J.C.T] ⇒ 中国自動車道[吹田J.C.T] ⇒ 近畿自動車道[松原J.C.T] ⇒ 西名阪自動車道[天理東I.C]  ⇒ 県道51号

91.1km 1時間11分

 

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石上神宮の駐車場情報と混雑状況

参拝者専用無料駐車場が4ヶ所あります。

普通車合計200台停めることができます。

イベント時・例大祭時以外は満車になることはありません。

※土日祝でも参拝者はそれほど多くないのでまずは第1駐車場を目指しましょう。

 

駐車台数

①第1駐車場 普通車 20台(トイレあり)

②第2駐車場 普通車 50台

③第3駐車場 普通車 80台

④第4駐車場 普通車 50台

駐車料金 無料

利用時間 6:00~18:00

※情報が変更されている場合もありますので、ご利用の際は必ず現地の表記をご確認ください

 

第1駐車場から境内はすぐなのですが、鳥居をくぐらずに境内に入るのもありがたみがないので、一度参道にもどって鳥居をくぐった方がいいでしょう。

管理人は9:30着で土曜日でしたが余裕で第一駐車場に停めることが出来ました。

 

第1駐車場が満車の場合は第2駐車場へ向かいます。第2駐車場からは参道を通って鳥居をくぐる正規のルートです。

 

石上神宮の参拝情報

鎮座地
〒632-0014 奈良県天理市布留町384

電話
0743-62-0900

御祭神

  • 布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)
  • 布留御魂大神(ふるのみたまのおおかみ)
  • 布都斯魂大神(ふつしみたまのおおかみ)

配祀神

  • 五十瓊敷命(いにしきのみこと)
  • 宇摩志麻治命(うましまじのみこと)
  • 白河天皇
  • 市川臣命(いちかわおみのみこと)

ご利益
健康長寿・病気平癒・除災招福・百事成就

参拝時間
拝殿での参拝は季節により楼門の開・閉門があり、およそ午前5時30分より午後5時30分までの間は、拝殿正面でお参りができます。
(開・閉門の時刻は季節により変ります。)

授与所
8:00~17:00(季節により変動あり)

御朱印(初穂料)

  • 通常御朱印 300円
  • 七支刀御朱印 700円

御朱印帳
一種類 1,500円

所要時間
1時間程度

 

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みちしるべ

社号標と大鳥居

社号標、大鳥居共に昭和3年11月に行われた昭和天皇の即位礼、大嘗祭を奉祝して建てられたものです。

大鳥居は檜(ひのき)が用いられ、明神造りとなっています。

 

万葉歌碑

柿本朝臣人麻呂の歌「未通女(おとめ)らが 袖振山(そでふるやま)の 瑞垣(みづがき)の 久しき時ゆ 思ひき吾(われ)は」と刻まれています。

昭和43年4月の建立。

 

神杉

万葉集にも「布留の神杉」と詠われた神杉は樹齢300~400年とされ、東西に二本あります。

西側神杉:幹囲り4.1メートル、樹齢は400年前後、高さ約35メートル。

 

東側神杉:幹囲り3.4メートル、樹齢は350年を越え、高さ約30メートル。

 

参集殿

大広間があり諸行事に使われる。

 

社務所

祈祷以外の各種の受付を行っています。

御朱印・お守りなどの授与品は本殿前の授与所で。

 

祓所(はらいしょ)

大祭などの時、神職等を修祓(しゅうばつ)する所です。

一段高く白石が敷き詰められており、四方に注連縄が張り廻らされています。

非常に神聖な場所なので立入禁止はもちろんの事、手をかざしたりお賽銭を投げ込まないように。

 

鏡池とワタカ

江戸時代の絵図から「石上池」と呼ばれていたことが解っています。

この池には、奈良県の天然記念物に指定されているワタカという魚が生息しています。

※ワタカは日本固有の鯉科の淡水漁です。

 

山の辺の道

はるか昔より奈良から石上布留を通り三輪山の麓(大神神社)と通じる道がありました。「日本書紀」にその名が残る、それが「山の辺の道」です。

 

現在は近鉄奈良駅から近鉄桜井駅までの16kmのハイキングコースとして整備されています。

 

数多くの史跡を巡る歴史ロマンの散歩道。運動靴を履いて出かけよう。

 

神使「鶏」

『古事記』『日本書紀』に登場し、暁に時を告げる鳥として、神聖視され、神様のお使いともされています。

 

天照大御神と鶏

伊勢神宮で鶏が飼われているのは有名な話で、天照大御神は太陽神なので朝を告げる鶏が飼われているのもうなづけます。

もう一つ理由があって、天岩戸に天照が隠れてしまったとき、興味をを引こうと外でお祭り騒ぎを始めました。その時の開始の合図が鶏の鳴き声だったとされています。

そのことから、鶏の鳴き声は太陽を呼ぶとされ神の使いとなったそうです。

 

 

石上神宮の鶏は40年ほど前に奉納されたものが、自然繁殖で現在30羽ほど境内で放し飼いされています。

夜間は木の上で寝るものもいるそうですが、それ以外は小動物に襲われるので鶏舎に入れているそうです。

 

東天紅(とうてんこう・天然記念物)、烏骨鶏(うこっけい・天然記念物)、採卵用種のレグホン・ミノルカなどが飼われています。

 

手水舎

小さめのものが一つ。大昔「石上社」「布留社」とも呼ばれていましたのでその時期のものと思われます。

 

回廊

傾斜地に建てられており石段を少し上ります。

朱塗りの回廊は楼門を中心に左右対称で、真ん中の楼門に比べて真新しさを感じます。

 

古い記録には、宝永4年(1707)10月の南海・東海大地震で倒壊したと記されています。

 

現在の廻廊は、昭和7年に建てられました。

 

楼門

鎌倉時代末期、第96代後醍醐(ごだいご)天皇の文保2年(1318)に建立され、重要文化財に指定されています。

 

鐘楼門として鐘を吊るしていましたが、明治初年の「神仏分離令」により取り外され売却されました。

当時の建築様式で、入り口の大きさに比べて屋根が大きく高さもあり風格が表していたのでしょう。

 

拝殿(国宝)

当神宮への御崇敬が厚かった第72代白河天皇が、当神宮の鎮魂祭(ちんこんさい)のために、永保元年(1081)に宮中の神嘉殿(しんかでん)を寄進されたものと伝えられています。

建築様式の区分では鎌倉時代初期の建立と考えられます。いずれにしても拝殿としては現存する最古のものであり、国宝に指定されています。

 

拝殿後方の、「布留社」と刻字した石製瑞垣(みずがき)が取り囲む、東西44.5m、南北29.5m、面積約1300平方mの地を「禁足地」といい、当神宮の神域の中でも最も神聖な場所とされています。

 

禁足地で1874年に発掘が行われ、布都御魂剣や勾玉など数々の神宝が出土し、拝殿の奥に1913年に本殿が建設されました。

 

摂社 出雲建雄神社(いずもたけおじんじゃ)

草薙剣(くさなぎのつるぎ)の荒魂(あらみたま)である 出雲建雄神(いずもたけおのかみ)をお祀りしています。

 

出雲建雄神社拝殿(国宝)

内山永久寺は鳥羽(とば)天皇の永久年間(1113~18)に創建された大寺院でしたが、本殿も明治23年に放火によって焼失し、拝殿だけが荒廃したまま残されていました。

石上神宮摂社の出雲建雄神社の拝殿として大正3年に現在地に移築され、この建物は内山永久寺の建物の遺構として貴重なもので、国宝に指定されています。

年代については、保延3(1137)年に建立され、その後13・14世紀に2回の改築により現在の構造・形式になったと考えられています。

 

摂社 天神社(てんじんじゃ)

天神社には、高皇産霊神(たかみむすびのかみ)・神皇産霊神(かみむすびのかみ)の二座をお祀りしています。

 

摂社 七座社(ななざしゃ)

七座社には、

  • 生産霊神(いくむすびのかみ・中央)
  • 足産霊神(たるむすびのかみ・生産霊神の右)
  • 魂留産霊神(たまつめむすびのかみ・生産霊神の左)
  • 大宮能売神(おおみやのめのかみ・足産霊神の右)
  • 御膳都神(みけつかみ・魂留産霊神の左)
  • 辞代主神(ことしろぬしのかみ・右)
  • 大直日神(おおなおびのかみ・左)

の七座をお祀りしています。

 

御朱印・授与品

ご祈祷のお申込み、ご朱印・お札・お守りなどの授与品は、楼門を入って、左側の「ご祈祷受付所・授与所」で受け付けています。

そのとなりに休憩所があり、ここで御朱印待ちもできます。

 

特徴は年を十干十二支で表しており、平成30年は戊戌(つちのえいぬ)になります。

 

石上神宮にある国宝、七支刀(しちしとう)を再現したもの。

よく見ると、刀の印の中に細かい文字まで入るこだわりの御朱印。

 

もちろん七支刀の図柄のものが人気で御神劒守はおすすめ。下の3つはプレゼントに喜ばれるでしょう。

 

願串(初穂料300円)は置いてある筆ペンで住所と名前を書いて奉納します。まとめてお焚き上げして頂けます。

 

神社によって様々な呼び名がありますが石上神宮では「古神付納め口」といいます。

 

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まとめ

3つの国宝がある石上神宮のご案内はいかがでしたでしょうか?少しでも歴史のロマン・奥深さを感じで頂けでは幸いです。

現地に行って気になった事をまとめてみました。最後までお付き合いいただきありがとうございました。

  • 朝9:30着で画像を見ても清々しさが伝わってきます。やっぱり歴史ある神社は朝一が一番。
  • 国宝の拝殿は昇殿はできません。ただしご祈祷をお願いすれば上がれる。
  • 楼門の反対側、摂社・末社が集まっていますので本殿参拝後に行きましょう。
  • 国宝の出雲建雄神社拝殿は知らないと通り過ぎます必ず見学を。
  • 国宝七支刀は学術的にも大変貴重なものです。どこかの国立博物館に期待して待ちましょう。
  • ニワトリは人馴れしているのでかわいい。

 

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