世界遺産

勝連城跡の魅力を現地レポ 360度大パノラマの景色が最高の世界遺産

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あなたは「うるま市」と聞いて何が浮かびました?

世界遺産「勝連城跡」がある街と答えられた人は少ないと思います。

ましてや沖縄のどの辺りにあるのかさえわからない人も多いかも知れません。

でも安心して下さい、実際はなはなも行ってみてここがうるま市かとわかったくらいなのですから、、、

うるま市は自然豊かな美しい島々に囲まれた海沿いの街で、風光明媚ですばらしいインスタ映えスポットがたくさんありました。

この記事ではまず勝連城跡の見どころ・回り方を解説しうるま市に行ってみたいという人を増やしたいと思います。

アクセス、駐車場情報、観光案内、混雑状況など撮って来た写真でシェアします。

皆さまの旅に少しでもお役に立てれば幸いです。

 

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勝連城跡とは?

沖縄の9つある世界遺産の1つ勝連城跡は、沖縄本島中部、東海岸の勝連半島「うるま市」にあります。

世界遺産登録されたグスク(城)の中では最も築城年代が古いグスクとされており、12世紀には築城が始まっていたとされる。

自然の地形を活かした勝連城の標高は60m~98mあり、そこに巧みに城壁をめぐらせた姿はまさに鉄壁の要塞である。

一の曲輪(くるわ)と呼ばれる最上部まで登ると360度の大パノラマが広がり、沖縄のグスクの中でも最もすばらしい景色を見ることができ、その眺望が人気の理由の一つになっています。

そして勝連城を語る上で欠かせないのが、最後の城主であった阿麻和利(あまわり)です。

琉球の歴史において中城城の城主護佐丸(ごさまる)と同時期の勝連城の阿麻和利は共に海外との貿易で勢力を拡大し、地元では高い生活文化をもたらした英雄なのです。

両者の力に脅威を感じた第6代琉球王「尚泰久」は護佐丸の娘を妻にもらい、自分の娘を阿麻和利に嫁がせるなどして政略結婚で三つ巴の関係を保っていたのです。

出典:勝連城跡パンフレット

護佐丸・阿麻和利の乱

1458年、第6代琉球王「尚泰久」の時代。

阿麻和利は天下統一を目指し首里城を陥落させ王位に就こうと野心を抱いていた。

阿麻和利は自分への牽制のため兵力を整えていた護佐丸が謀反を企てていると王府に諫言した。

尚泰久はその諫言を信じてしまい阿麻和利に護佐丸討伐を指示する。

中城城を取り囲んだ兵に王の旗を見た護佐丸は王への忠誠心から抵抗せず自害する。

阿麻和利は次に泰久王を狙おうと画策するも妻(百度踏場)と付き人(大城賢雄)が気付き王府に駆け込み危機を知らせる。

阿麻和利は王府軍により滅ぼされ、結果的に泰久王は琉球統一を果たす。

 

阿麻和利は王府に歯向かった悪人、護佐丸は忠誠を誓う善人というのはあくまで一説であり、その後の研究により琉球王府が二人を排除するために仕組んだものという説も浮上しています。

現在では阿麻和利の歴史的評価は見直され汚名は返上されています。

阿麻和利は最後まで琉球王府に抵抗した人物で琉球統一は果たせなかったのですが、歴史研究において時代の風雲児としての人気は高く、人徳もあり地元うるま市では名君として舞台・歌などで語り継がれています。

 

阿麻和利の妻「百度踏揚」の話には続きがあって、阿麻和利を討った付き人「大城賢雄」はグスクを一つもらい越来城主となり、百度踏揚は越来賢雄の妻となった。

しかし越来賢雄も王府が第一尚氏から第二尚氏に変わるクーデターと共に滅ぼされる。

自分の祖父を討った夫の阿麻和利から逃げ、阿麻和利を討った越来賢雄と結婚するという、歴史ドラマを地で行くノンフィクションなのです。

尚泰久王の娘(王女)であり、護佐丸の孫であった百度踏揚もまた波乱万丈の人生であったことは想像に難しくありません。

 

1972年(昭和47年)5月15日、沖縄の本土復帰にともない即日、日本国の史跡に指定。

2000年(平成12年)11月首里城跡などとともに、琉球王国のグスク及び関連遺産群としてユネスコの世界遺産(文化遺産)にも登録(登録名称は勝連城跡)

2017年(平成29年)4月6日、日本城郭協会の続日本100名城(200番)に選定。

 

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勝連城跡のアクセス

車社会の沖縄では観光もレンタカーが主流ですので、沖縄高速道路をかしこく上手に利用するのがカギです。

しかし走ってみるとわかるのですが、沖縄高速道路の大部分は街中や山間部を走っているので景色は良くないのです。

さすがに美ら海水族館や古宇利島にいくなら高速利用になりますが、近場で日程に余裕があるなら高速を使わずに海沿いの海岸線を走ってみるのも良いドライブになるでしょう。

 

那覇空港付近のレンタカー会社より

沖縄自動車道
「豊見城・名嘉地IC」から「西原JCT」で沖縄自動車道へ合流し「沖縄南IC」まで

距離:所要時間
45km:約61分

高速料金
370円(普通車)

※沖縄北ICで降りた場合460円なので時間的に変わらない沖縄南ICがお得

 

パーキングアリア情報
中城PA(上り線・下り線)

場所
西原ICと北中城ICの間

売店営業時間
8:00~20:00

 

高速道路の注意点

沖縄自動車道は那覇ICから許田ICまでですが、那覇空港とは直結していません。

那覇空港から那覇ICへの市内中心部を通る一般道ルートは一年を通して混雑・渋滞していますのでおすすめしません。

レンタカー会社が多く集まる那覇空港東南部からは、国道331号線の豊見城・名嘉地ICから那覇空港連絡道に入り西原JCTで沖縄自動車道に合流がおすすめ。

対面通行の連絡道は最高速度60km、沖縄自動車道は最高速度80kmで、覆面パトカーも多いので楽しい旅を過ごす為にも制限速度は必ず守りましょう。

※2021年3月まで沖縄道特別割引適用中(約3.5割引)

※全日、現金・ETC共に割引が適用されます。

 

中城城跡より

距離・所要時間:13.8km・約30分

南部の那覇市内から来る人は中城城跡経由の人が多いと思われますので、一般道の海沿いを走ると景色が良いです。

 

座喜味城跡より

距離・所要時間:21.2km・約45分

北部の名護から来る人は先に座喜味城に立ち寄ったほうがルート的に良いので少数派かも知れませんが載せておきます。

“旅”をもっと自由に
~車に乗れば、楽しみはもっと広がる~

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路線バス

那覇バスターミナル発 屋慶名線27西原バス停下車、徒歩約10分 所要時間約2時間

那覇バスターミナル発 与勝線(52番)勝連城跡前下車

おもろまち駅広場発  屋慶名おもろまち線(227番)西原バス停下車、徒歩約10分

宜野湾真志喜発 前原線(61番) 勝連城跡前下車

中城城跡より 仲順バス停より 与勝線(52番) 勝連城跡前下車 所要時間約1時間

 

乗り場案内はバスマップ沖縄まで。

沖縄路線バス・ゆいレール乗り放題の周遊パス(1日3000円)は那覇バスターミナルで販売。

 

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勝連城跡の駐車場情報

県道16号沿い、勝連城跡の道路の反対側に無料駐車場完備。

※古いカーナビで勝連城でナビ案内すると駐車場でない場所に案内される場合があるようです。

勝連城跡休憩所で入力するかマップコードで確認して下さい。

マップコード

 499 570 238*21

住所
〒904-2311
沖縄県うるま市勝連南風原3908

電話
098-978-7373

駐車料金
無料

駐車台数
約50台

営業時間
9:00~18:00

車高制限
なし

混雑状況
日曜日の午前訪問でかなりの余裕あり

GW・お盆等は時間帯によって満車の可能性有り

※情報が変更されている場合もありますので、ご利用の際は必ず現地の表記をご確認ください。

 

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勝連城跡の観光情報

勝連城跡休憩所

世界遺産でありながら駐車場無料、入場無料は助かります。

城内にトイレはないのでここで済ませておけば安心ですね。

休憩所というだけあって畳敷きの休憩スペース・カフェ・うるま市の特産品が販売されているので行きか帰りに立ち寄りましょう。

 

うるま市内の遺跡から出土した遺物や勝連城の立体模型の展示。

 

勝連城跡

マップコード

 499 570 238*21

住所
〒904-2311
沖縄県うるま市勝連南風原3908


098-978-7373

営業時間
9:00~18:00

入場料金
無料

定休日
年中無休

所要時間
約50分

混雑状況
写真撮影するには混雑しているより空いていた方が良い写真が撮れますが、通常の土日祝であれば城内が広いのでさほど気にならないと思います。

日曜日の午前にはなはなの撮った画像を参照。

その他

  • 車椅子・ベビーカー不可
  • ペットはリードを付けた犬のみ可(フンの始末は確実に)
  • 場内にトイレはありません
  • 急な石段があるので歩きやすい靴推奨

 

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勝連城跡の歩き方

勝連城跡休憩所から道路を横断

道路をショートカットして渡りたい気持ちはわかりますが、横断歩道があるのでそちらを渡ります。

県道16号は海中道路につながる道で交通量もそこそこあるので、車には気をつけましょう。

 

勝連城の立体模型を見るとそんなに大きい感じはしないので楽勝じゃんと思いますが、、、

 

目の前にそびえ立つ勝連城の最上部までは結構な石段が待ち構えていますので覚悟して行きましょう。

ひょっとしたら沖縄の世界遺産の城では一番体力を使うかも知れません。しかし景色は最高で人気のグスクなのです。

もちろん坂道・石段を登るのですから歩きやすい靴推奨。

ここに限らず石段で使われている琉球石灰岩は雨の日は特に滑りやすいので要注意ですよ。

今日は天気が良いので最高の景色が見れそうで早くもワクワクして来ました。

 

防御田地

かつて付近一帯は湿地帯で「底なし沼」と呼ばれていました。

ここは侵入者を足止めする防御ラインの役目を果たしていたのです。

現在は芝生で覆われカッチカチで沼の雰囲気はまったくありません。

 

勝連城撮影ポイントの四の曲輪(くるわ)

グスク全体を下から見渡せる撮影ポイントに史跡の石標が置かれています。

四の曲輪から三の曲輪にあがる階段はぐる~っとカーブして登っていきます。

この長い通路で溜まった敵は上からの攻撃で一掃出来るよう設計されており、まさに難攻不落の要塞でした。

 

四の曲輪と呼ばれる勝連城の一番下の広場は一番広い。

三の曲輪に上がる階段は手前にありますが、奥まで行ってグスクを見上げて見ましょう。

ちなみに中城城では一の郭、二の郭とだんだん数字が大きくなりましたが、勝連城では四の曲輪、三の曲輪と小さくなります。

※郭=曲輪は同じ意味で城の内外を土塁・石垣・堀などで区別した区域の名称です。

 

反対側から見上げるとより一層石垣の高さがわかりますね。

下からは三の曲輪までしか見えませんが、あの上に二の曲輪、一の曲輪が広がっています。

 

ウタミシガー

ウタミシ」はお試し、「ガー」は泉という意味。

ここで何をしていたかと言うと、旧正月の元旦に井戸の水量を見てその年の作物の出来を占っていました。

水量が少ない時は豊作、多い時は凶作と言われています。

 

ミートゥガー

ミートゥ」は縁結び、「ガー」は泉という意味。

ここでは水汲みに来た女性を誘うナンパスポットであった?かも知れません。

ここで結ばれた男女は分かれるとどちらかに不幸が起きるとされ、それは困難があっても添い遂げよという教えであったのです。

 

四の曲輪から三の曲輪にかけては一番長い石段を登っていきます。

きれいに積まれた石段は琉球グスクの特徴であるカーブが美しい。

 

三の曲輪城門

城門の両側に柱があったとされるくぼみが左右4ヶ所存在し、このことから三の曲輪の城門は屋根付きであったと考えられています。

攻撃用の櫓があったのかも知れません、四の曲輪を突破しても三の曲輪には上がらせないぞという恐ろしい構造です。

 

最も神聖な三の曲輪

三の曲輪から一段高い二の曲輪に向かって何ヶ所か石段が設置されていた。

それは二の曲輪に建てられた殿舎にすぐ上がれるように利便性を考えて作られていたかも知れない。

 

肝高の御嶽・トゥヌムトゥ

肝高の御嶽」とは、神人と呼ばれる女性祭司を中心に行われる、王国時代から続く「ウマチー」という年中行事の拝所。

トゥヌムトゥ」とは、拝所の近くにある神人が腰掛けていた石列。

旧暦の2月と3月には「麦」、5月と6月には「稲」の収穫祭があり豊作を祈ります。

城内に様々な御嶽が存在することは、沖縄のグスクの特徴であり「肝高(きむたか)」とは沖縄最古の歌謡集「おもろさうし」にある古語で、「心豊か」「気高い」などを意味している。

勝連城では阿麻和利を称える最も神聖な場所であり、石列に座るのは自由なので腰掛けて神人のパワーを授かって行きましょうか。

 

三の曲輪から二の曲輪までは石段7段しかないが、人の背丈以上の高さなので端には立たないように。

どちらのルートも通れますが、手すり付きの階段の方が段数は多いが登りやすく安全です。

一の曲輪を見上げるとよくもまあこんな断崖絶壁に石段を積んだものだと感心する。

 

殿舎のあった二の曲輪

二の曲輪には規則正しく並べられた基礎石に使われた遺構があり、正面約17m、奥行き約14.5mの勝連城で一番大きな舎殿がありました。

首里城の正殿のような柱の多い建物で、礎石からして頑丈な建物であったことがわかっています。

出土品には大和系瓦も発見されており、当時としては珍しい瓦ぶきであったと思われています。

勝連の繁栄を物語るこの建物は政務・役所のような役割をしていました。

 

ウミチムン(火の神)

ウミチムン」とは三個のかまど石を意味する言葉。

琉球古来の信仰ですが、現在でも火の神を各家庭の台所に祀り家内安全を願う風習が残されています。

したがって、ここに台所があったと考えられています。

 

ウシヌジガマ

ウシヌジ」には身を隠し、凌ぐ」という意味。

ガマ」とは洞穴のこと。

天災のときはここに身を隠し難を逃れました。

一説には一の曲輪にある玉ノミウヂ御嶽とつながっているとされ、有時の際の避難経路であったとも言われています。

 

二の曲輪から一の曲輪へ最後の階段もカーブしてます。

 

一の曲輪階段

高所恐怖症の人はちょっと怖いかも知れません。

ハングライダー・パラグライダーであればここからテイクオフできそうな高さがありますよ。

その考えはまんざら間違いではなく、だんだん幅が細くなる石段を上がってきた敵を横から突き落とす構造になっていたようです。

 

一の曲輪からの眺望

頂上一の曲輪は石垣で囲まれ安全ですが、間違っても石垣の上には登ってはいけませんよ。

 

発掘調査によりこの広場には一説には貴重品を保管する瓦葺きの宝物殿があったことがわかっています。

多くのグスクの中で瓦ぶきの建物があったのは勝連城、首里城、浦添城だけです。

出入口の門付近から唐草様の浮き彫りのついたアーチ石の一部が発見され豪華なアーチ門であった可能性もあります。

 

南側は手前の中城湾から知念半島、神ノ島「久高島」、望遠レンズがあれば護佐丸の居城だった中城城が望めます。

 

北はうるま市の町並み、金武湾(きんわん)を囲む山々から東には太平洋の大海原が望める。

 

すぐ下の二の曲輪の基礎や三の曲輪の御嶽が見渡せる。

 

玉ノミウヂ御嶽

中城城ではまとまっていた御嶽ですが、勝連城では点在しています。

一の曲輪にある御嶽は最も高い位置にあり、勝連を守護する大きな霊石をご神体とする御嶽で、城・村の繁栄を祈願しました。

霊跡脇にある洞穴は二の曲輪のウシヌジガマとつながっていると言われています。

 

勝連城をスマホで楽しもう

勝連城跡のバーチャルツアーをパソコンやスマートフォン・タブレットで体験。

城内の案内板と連動した音声ガイドで知識を深めることができます。

なんと休憩所と城郭内でwi-fiがつながるので通信量を気にせず使えるのがありがたいですね。

 

人気スポット海中道路

一の曲輪西側に見えた橋は、海中道路と呼ばれる絶好のドライブルートです。

ここから目と鼻の先なのでレンタカーの人なら絶対行ってみましょう。

 

勝連城跡のご案内はいかがでしたでしょうか? 城の外観、景色だけでなく城主や回りの人間関係かわかると城への興味もいっそう湧いてきたと思います。

駐車場から入城料からすべて無料で、これだけものや景色を見学させてもらえるのはある意味すごいです。

現地に行って気になった事をまとめてみましたので、これを読んであなたも行ってみよう。

 

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まとめ

  • 無料の大きい駐車場があるのはありがたい
  • 入城無料・見学自由で、城内は無料WiFiもつながる
  • 城内にトイレは無いので勝連城跡休憩所を利用しよう
  • 阿麻和利の乱はうそ?最後の城主「阿麻和利」は英雄だった
  • すぐ登るのはもったいない。まずは四の曲輪を一周しよう
  • 湾曲の城壁、カーブした石段は見どころ。危ないので城壁の上には立たないように
  • 一の曲輪から360度の景色は最高、中城城が見えることも

 

 

最後までお付き合いいただきありがとうございました。この記事が気に入っていただけましたら、はなはなの励みになりますので、ポチッとシェアしていただけると幸いです。

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